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高知簡易裁判所 昭和34年(ろ)1163号 判決

被告人 中元英雄

昭一〇・一〇・五生 農兼漁業

主文

被告人を懲役壱年に処する。

未決勾留日数中三十日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和三四年一〇月九日午後九時頃、高知市要法寺町筒井産婦人科玄関前において山崎潤一郎所有の万年筆、万年筆ケース等在中の手提鞄一個(時価合計一千二百五十円相当)を窃取し

第二、同年同月一〇日午後一〇時一〇分頃、高知市本町歌声喫茶店前路上において大三綿業合名会社(同社代表管理責任者社長合田近造)所有の軽自動二輪車一台(時価十七万円相当)を窃取し

たものである。

(前科)(略)

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

判示各所為はいずれも刑法第二三五条に該当するが、被告人には前示の前科があるので、同法第五六条、第五七条、第五九条を適用し累犯加重をし、右は第四五条前段の併合罪だから、第四七条、第一〇条、第一四条に則り、判示第二の罪の刑に法定加重した刑期範囲で、主文のように処断し第二一条により未決勾留日数の通算をし、刑事訴訟法第一八一条第一項を適用の上、訴訟費用は被告人に全部負担させる。

(被告人並びに弁護人の主張について)

被告人らは、判示第一についてはこれを認め、第二については、酔余、右軽自動二輪車を乗用した事実は認めるも、いわゆる一時使用で、不法領得の意思がないので罪責がない旨弁解するのである。

いうまでもなく、窃盗罪の成立には、不正領得の意思あることを要し、権利者を排除し、他人の物を自己の物と同様に、その経済的用法に従い利用処分するを不正領得の意思と解すべく、そして他人の所持を奪うことは、他人の事実上の支配を侵し、他人の所有物を自己の支配内に移す行為(永久的に物の経済的利益を保持する意思あるを要しない―最判昭二六、七、一三)と解するを相当とし(大判大四、五、二一。最判昭三〇、九、二七)窃盗罪が成立するためには、他人の管理する財物を窃取するをもつて足り、その財物が何人の所有かどうかを問わない(最判昭二四、四、二六)。だから、一時使用のため、自己の所持に移すが如きは、窃盗罪を構成しないが、一時使用するに止まらず、終局的に被害者の所持を奪い、事実上自己の完全な支配に移し、自ら所有するの実を挙げる意思ありと解せられる限り、不正領得の意思あるものと(大判大九、二、四。東高昭二六、一二、一七)いわなければならない。

思うに、従来の判例では、所持侵害の出発点で、「一時使用」の意思の存否即ち物品を持ち去つた当時の意思を明らかにした上、それが不法領得の意思に当るかどうかを判定すべきもの(最判昭三二、二、一九)であるとされているけれども、「一時使用」かどうかは、その「使用の形態」如何にあるものというべく、従つて、当初の使用意思に止まらず、使用の状況全般について、これを吟味しなければならず、それで、車を乗り捨てる場所が、もとそれがあつた場所と程遠くなくても、その間所有者の意思にもとずかず、返還の意図もなくて(尤も、返還の意思より、いかなる使用形態をとつて返還をしようとしたかが問題となる)、夜間人目につきにくい場所に放置されたのでは、他人の支配を排除して、その所有権内容を実現するものとみるべく、使用窃盗ではなく、不法領得の意思を認め得るのである(東高昭二七、一二、四。二八、五、二三。三〇、四、二六。広高二九、七、一四)。

そこで、前示各証拠についてこれを検討すると、不法領得の意思があるかどうかは、被害者との関係、乗用した地域と運行の状況、その乗用の目的、返還の意思の推認できるような特段の事情のない点、その他少くとも最後に追跡者を振り返えつても運行を継続している点など、諸般の事情を綜合してみるならば、被害者の所持(占有)を侵奪する所為だといわねばならない。

してみれば、被告人は、路上に本件軽自動二輪車が置かれているのを、乗りまわしてみたくなつて、保管者に無断でこれをその用法に従つて乗り廻し、どこかに置き去る意思で、その所持を奪つてひつぱり出したのであつて、一時的にもせよ、権利者を排除して、これに対する完全な支配を取得して、その所有者の自由に行使すると同様の本来の使用目的である運転乗り廻しをしようとする意思であつたものに外ならないのであるから、結局不法領得の意思あるものと認めなければならない。

そして、また、それが酔余の行動であるという点も、被告人が飲酒していたとしても、心神耗弱の状態にあつたことをも肯認できないので、被告人らの上記主張は、いずれも採用の余地がない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 井上和夫)

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